陽だまり日記

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大好きな本や映画のことなど

「君が戦争を欲しないならば」

高畑勲さんの「君が戦争を欲しないならば」を読みました。講演の書き起こしで、とても短くすぐに読めます。

君が戦争を欲しないならば (岩波ブックレット)

君が戦争を欲しないならば (岩波ブックレット)

 

日本人の和を重視する考え方は戦後も全く変わっていなくて、いったん戦争が起きてしまえば大多数の人は協力せざるを得なくなるだろうという部分が特に印象的でした。

それから、戦後、日本の国民が自分たちで戦争責任を追及しなかったことが今につながる問題になっているというのは、小澤俊夫さんも全く同じ事を書いていたので…暗澹たる思いになりました。

「空気」とか「流れ」というワードの威力には私も驚くことがあります。実体がないような言葉なのに、表面上は説得力というか問答無用の圧力を持つのが不思議で。なるべく使わないように、使うにしてもよく考えないと……と思いました。

片目の神様のこと(8)

片目の神様の伝説に付随する作物禁忌について、「それを作らない」という地域の近くには、それをたくさん作る地域があるのかも……?と、ふと思い付きました。

仮に、P村に氏神Q様がいた。そこに新しくRという有力者が移ってきて、P村にもともとなかった植物Sを植えた。Q様を祀る勢力は以前より衰えた。それで、Q様の氏子たちは、Q様がSで怪我をしたので~と言い伝えるようになった。とします。

(昔はどういうきっかけで、どういう規模で人々の移動が起こっていたのか、それについての知識がないのですが、)

でも、もしかしたら、移住側が大きな勢力だったら、1箇所だけではなくて、その周辺にも住み着いて、(古い住人に受容されなかった)新しい植物をたくさん育てたんじゃないかな?と思ったんです。

想像がたくまし過ぎるでしょうか(笑)。

片目の神様のこと(7)

数えてみたらこのブログで片目の神様のことに触れるのは7回目でした。

柳田国男さんの「日本の伝説」に収録されている片目の蛇の話は、何だか「金枝篇」みたい?と思ったので、片目・一つ目のことを考察している別の本の該当箇所を見てみました。

山の神

山の神

 

1つ分かったのは、「古事記」「日本書紀」に、ヤマトタケルノミコトの進軍を邪魔した白鹿(山の神の化身)を、ミコトが蒜の枝で目を打って殺したという話があって。ここでは片目にはならないのですが、筆者はこれが片目伝説の記録された最も古い形と考えたようです。

蒜は「ひる」と読み、ニンニクのことらしいです。

大事な部分をちょっとだけ引用します。

右の挿話に従えば、山の神は目を射られて確かに「殺された」とはいえ、それにより本当に神の活動に終止符が打たれたわけではないので、この場合もともと殺害の話では少しもなく、片方の目の失明だけが伝えられたのではないかと考えたい。(中略)

これらの山の神は、敵対して征服された住民の神となっていた。この場合は、祀られている神の目の怪我の原因となった植物が、通常はひろく忌避されているのとは正反対である。(敵対する)神の目に当たった植物はこの神に対して威力があるとされる。そして右の挿話の舞台となっている地方が、現在二月八日に目籠や柊、葫を使って一つ目の疫病神を追い祓う地域の一部であることは注目に値する。

(ネリー・ナウマン「山の神」311ページより)

 *葫は「にんにく」と読むそうです。

 

こうなってくると、鬼を柊や桃で追い払うっていう話とも似ているなぁ…と思えてきます。でも、鬼を追い払う植物は、当たり前ですが、植えないとか育たないとかいう話にはならないところが片目伝説と違います。

鬼を柊で追い払うというのは、当然人間(討伐した)側から見た伝説ですが…、

 

片目の神様+植物禁忌の伝説は、鬼を追い払った出来事を、討伐された側から見た話なのでしょうか。

片目伝説に付随する植物禁忌は、ゴマだったり、大根だったり、キュウリだったり、生活に密着していて、手近にあったほうがいいものばかりで、栽培を禁止するのはそれなりの理由が必要なように思います。

それは滅ぼされてしまった古い神の供養なのでしょうか。(それとも、物語のまま考えるなら、九死に一生を得た神が二度と傷つけられないことを祈願しているのでしょうか。)

柳田国男さんの「日本の伝説」や「一つ目小僧その他」の片目の神様の項に、御霊信仰のことも詳しく述べられていて、両者は親和性があるらしいことがうかがえます。つまり、植物で目を怪我された神様というのは、御霊のような、祟り神のような側面があるのでしょうか。

 

片目というのは、急所を撃たれたことと、それでも完全にいなくなったわけではないという、境界的な存在であることを示しているのでしょうか。

「日本の伝説」(片目伝説6)

柳田国男さんの「日本の伝説」は青空文庫で読めます。良い時代になりました。

この中に片目の神様について記述された箇所があります。

久々に読み返して、とても気になる部分を見つけました。取りあえず、忘れないように引用しておこうと思います。

飛騨ひだ萩原はぎわらの町の諏訪すわ神社では、又こういう伝説もあります。今から三百年余り以前に、金森かなもり家の家臣佐藤六左衛門という強い武士さむらいがやって来て、主人の命令だから是非この社のある所に城を築くといって、御神体を隣りの村へうつそうとした。そうすると、神輿みこしが重くなって少しも動かず、また一つの大きな青大将が、社の前にわだかまって、なんとしても退きません。六左衛門このていを見て大いにいきどおり、梅の折り枝を手に持って、蛇をうってその左の目を傷つけたら、蛇は隠れ去り、神輿は事故なく動いて、御遷宮をすませました。ところがその城の工事のまだ終らぬうちに、大阪に戦が起って、六左衛門は出て行って討ち死をしたので、村の人たちも喜んで城の工事を止め、再びお社をもとの土地へ迎えました。それから後は、折り折り社の附近で、片目の蛇を見るようになり、村民はこれを諏訪様のお使いといって尊敬したのみならず、今に至るまでこの社の境内に、梅の木は一本も育たぬと信じているそうであります。益田ました郡誌。岐阜県益田郡萩原町)

この話、何だか「金枝篇」に似ている? と思うのは私だけでしょうか。

金枝篇」と違うのは、蛇は梅の枝で傷を負っても死なず、それ以来梅が育たなくなったという部分です。

つまり、古い王が新しい王に取って代わられることはなく、そればかりか、以後は古い王が傷つくことのないよう、梅が育たなくなってしまうという……

同様に、氏神がある植物で目を傷つけたので、以降その植物を忌んだというような話は日本各地にあるそうです。

全くの素人考えですが、新しい王に駆逐されてしまった、古い王を偲ぶ伝説のように思えます。

 

似たような話がもう1箇所あったので、こちらも忘れないように引用。

加賀の横山の賀茂かも神社においても、昔まだ以前の土地にこのお社があった時に、神様が鮒の姿になって御手洗みたらしの川で、面白く遊んでおいでになると、にわかに風が吹いて岸の桃の実が落ちて、その鮒の眼にあたった。それから不思議が起って夢のお告げがあり、社を今の所へ移して来ることになったといういい伝えがあります。神を鮒の姿というのは変な話ですが、お供え物の魚は後に神様のお体の一部になるのですから、上げない前から尊いものと、昔の人たちは考えていたのであります。それがまた片目の魚を、おそれて普通の食べ物にしなかったもとの理由であったろうと思います。(明治神社誌料。石川県河北かほく郡高松村横山) 

桃といえば魔除けの桃。神様がそれでケガをするなんて不思議です。

つまり、この伝説の視点は、桃が当たった古い神様側ではなく、桃を当てた側、社を移した新しい神様側にあるということかも…と思いました。

「セッション」(2014、アメリカ)

「セッション(原題:Whiplash)」を観ました。無茶苦茶過ぎて、すごく面白かった!

セッション(字幕版)
 

有名な映画らしいのですが、内容をよく知らずに寝る前に見始めてしまって。黒っぽい画面で眠くなるかと思いきや、逆に目が冴えて、とうとう最後まで観てしまいました。

主人公は音楽学校に通いジャズドラマーを目指す青年。で、先生が鬼みたいなオジサン。強烈なパワハラモラハラを日常的に繰り返します。何せ、"Good job=人を一番駄目にする言葉"という恐ろしい信念を持っているので。叱って伸ばすというより、どれだけ踏みつけられても倒れなかった者だけが生き残れるシステム。一瞬見せる優しげな顔は常に地獄の入り口で、学生が粉々になるまで罵倒するための助走なんです。

でも、その罵倒があまりに酷すぎて、突き抜けていて、終始一貫してハイテンションなので、それはすごく面白かった…! 中でも3人のドラマーに代わる代わる罵声を浴びせるシーンは圧巻でした。

そして、主人公のほうも鬼に負けず劣らずかなり濃いキャラクター。自己顕示欲の塊というのでしょうか。がむしゃらに練習して、時には先生に反論したり掴みかかったりもします。

どなたかのレビューに「殴り合い」と書かれていましたが、まさにそんな様相です。一方的ではないので、ハラハラしながらも見続けることができたと思います。

 

問題のラストシーン、演奏する曲目を伝えなかったのはなぜか。あちこちのレビューやWikiを見ると復讐という解釈がほとんどでしたし、デミアン・チャゼル監督のインタビューでは、明言されていませんが、彼のコメント↓を読むとやっぱり復讐かなと思いました。

この映画では、フレッチャーのやることなすことをできるだけ極悪非道で許しがたいものにしたかったんだ。実際、暴力的な指導というのが偉大な音楽家をつくるというジャズ業界の雰囲気を否定することはできないからね。

でも、1つ気になるのは交代のドラマーがいなかったこと。もしかすると、曲目を伝えないぐらいでは主人公は諦めず、戻ってくることを予想していたのかもしれません。

つまり、そういう単純な復讐ではなかったのかも。

では、何だったんでしょう。

そこで、もっと気になるのが、最後の最後でフレッチャーが「Good job」と言ったように見える場面(口元が隠れているので何と言ったかはっきり分かりません)。

ここは、青年が素晴らしい演奏をしたので、パワハラ先生が感極まってついに褒めた=ハッピーエンドという解釈が多いようですが、何だか違和感があります。

だって、"褒めたら終わり"というのが、自殺者を出しても揺らがなかった彼の信念なのですから。そんな男が本当に「Good job」と言ったなら、それこそが主人公を徹底的に潰すための復讐だったのでは?とも考えられるような…でも、だとしたら、もはや怖すぎてサイコホラーです。

 

結局、何と言ったのかはっきりとは映っていませんし、本当のところは分かりません。ただ、監督のコメント↓は、ハッピーエンドと仮定すると何か引っ掛かります。

僕がイメージしていたエンディングと、実際スクリーンで映されたエンディングが違うもののように感じたんだ。多分思い描いていた時点では、まだ音楽そのものが影響してこなかったから。

「音楽そのものの影響」っていうのは、迫力のある演奏によるポジティブな影響だと思われます。つまり、思ったより感動的になってしまったということ? あの非道な先生が心から青年の演奏を認めるというエンディングには、その影響が不可欠なのに?
最後のシーンを見た人はその結末に対してちょっと嫌な気持ちになるかもしれない。でも同時に混乱させるような疑問も残すことができたらいいなと願っている。
「最後のシーン」は演奏する曲を伝えられていなかった場面なのか、それともその後の…どちらとも取れます。
 
フレッチャー役の俳優さんのコメント↓も気になります。
チャゼルが言いたいのは、つまり、映画を観ただけでただ結論づけないようにしてほしいということ。アンドリュー・ネイマンの辿った結末について満足しているのか、それとも喪失感を覚えているのかということを考えてほしいということなんだ。
「喪失感」って一体。
 
いずれにせよ、若者が一矢報いる場面は爽快感がありましたし、演奏の迫力も素晴らしかったです! ラストには確かに混乱させられましたが、それでも観て良かったと思える映画でした。

「アマテラスの誕生」

 「アマテラスの誕生」という本を読みました。これはショックでした。

アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)

アマテラスの誕生 (講談社学術文庫)

 

作者は代々神主さんの家に生まれ、初め神主だったけれども、戦後高校の先生に転職されたのだとか。

その(元)神主さんによれば、日本人が信仰している自然神は、古くは海の向こうから来る神様。そして、少し新しく、天から降りてくる神様。そういう大きな神様が山、木、水、石、鏡など身の回りのものに宿っているので、それを祀っているのだそうです。

私の曾祖母は家の裏山に石を祀ってお参りしていたと聞いたことがあります。山に石?自分で??と思っていましたが、上のようにはっきり説明されると、何となく、ナルホド……と納得されます。

確か映画にもなったかと思いますが、山から木を運ぶお祭りも、天から来た神様をそうして運んでいたのですね。

日本の自然宗教は何にでも神様がいるんだとただ漠然と思っていて、肝心なことをなんにも知らないでいたんだなあ……と、ショックでした。

 

それから、伊勢の天の神様は田植えの時期にサルタヒコと呼ばれるそうです。(サルタヒコも、アマテラスも、同じ天の神様なのだそうです。)

ということは、昔話の「猿婿」って、その猿だったのでしょうか。ラジオ「昔話へのご招待」で聞くたび、猿がどうして田の神なのか不思議だったので、これにも驚きました。

 

もう一つ、日の神様が蓑と笠を身に着けるというのにもびっくり。笠が日を表象しているという説明でしたが、分かったような分からないような。今の感覚では何だか庶民的な格好のような気もします。

でも、こちらの本を思い出しました。

神無き月十番目の夜 (小学館文庫)

神無き月十番目の夜 (小学館文庫)

 

村人が大事な集会に出るときに蓑と笠を身に着ける場面があったような…。でも、ずっと前に読んだので記憶違いかもしれません。

実話を基にした小説なので細部は作者の想像かと思っていましたが、細部まで何かに基づいて書かれていたのかも……。

人生を彩る糸!

私も編み物が好きです。全然上手じゃないし編むスピードも遅いし大したものは作れないのですが、それでも冬になると、今年はどんな帽子を編もうかな?とワクワクします。なぜ帽子かといえば、マフラーや手袋、靴下よりも早くできるから。

何を編もうか考えたり、毛糸やさんで毛糸を見ていると、楽しくてつい時間を忘れてしまいます。だからやめられないし、下手っぴな帽子etc.と毛糸は増える一方です……。

「YARN 人生を彩る糸」は、編み物をクラフトというよりもアートとしてされている方々のドキュメンタリー映画です。

YARN 人生を彩る糸 [DVD]

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アートだから個性的な作品がたくさん出てきて、見ているだけで楽しかったです。手編みの楽しさを改めて実感しました。

今年の思い出

昨年の終わりに、大好きなラジオ「昔話へのご招待」の聞き手だった、中村律子さんが番組を卒業されました。どういうわけか自分でも不思議なほど、本当に名残惜しく残念に思いましたが、最近になって、やっと気持ちの整理(?)ができてきたようです。中村さん、長い間お疲れ様でした!

ハロウィンのこと

ハロウィンが近いので、「ケルト 再生の思想」を少しずつ読んでいます。

ハロウィンって何なのか、やっと分かりました。

秋と冬の狭間の、日本で言う立冬の時期が、ケルト民族にとっては1年の始まりであり、先祖の霊(とかいろんな霊)が帰ってくる時期で、つまり、文字通り「盆と正月が一緒に来たような」お祭りのようです。

ちなみに、他の季節の変わり目にもそれぞれの祝祭があるのだとか。

  • 秋と冬の間<立冬> サウィン(ハロウィン) 新年
  • 冬と春の間<立春> インボルク 女神ブリジットの祭
  • 春と夏の間<立夏> ベルティネ 5月祭
  • 夏と秋の間<立秋> ルーナサ 収穫祭

日本では、旧正月立春の頃、お盆が立秋の頃。どちらもケルトと時期は違いますが、季節の変わり目なのは同じです。

季節の変わり目には、この世とあの世の境界があいまいになり、霊がこちらにやってくるという信仰が、世界各地にあるのかもしれません。

旧正月前日の節分にも「鬼は外」がありますし、昔話で、おおみそかの晩に神様がやって来るというのも、ひょっとしたらその類なのでしょうか。

 

興味深いことに、七夕やお盆の時期に、北海道では"Trick or treat"と似た行事を行っている地域があるそうです(ローソクもらい - Wikipedia)。これは、青森のねぶた祭りで行われていた(子どもたちによる?)ろうそく集めが、北海道で根付いて、時代を経てお菓子集めに変化したのだそうです。

 

上記のWikipediaによれば(こちらのブログから引用したようですが)、お盆には、日本各地で、子どもたちが自分で材料を集めて行う「精霊送り」等があるといいます。残念なことに、私は全く経験がありません。

 

お盆に子供がする「精霊飯」という行事に関して、柳田国男さんの「こども風土記」にこんな記述があります。

ままごとは親が見ても静かでしおらしくまた他日の修練にもなって、同情のもてる遊びであったが、それが最初から遊戯として生まれたものでないことは、盆のままごとの一つの例を見てもわかる。浜名湖はまなこ周囲の村々ではショウロメシ、瀬戸内海のある島では餓鬼飯がきめしとさえいう通り、盆は目に見えぬ外精霊ほかじょうりょうや無縁ぼとけが、数限りもなくうろつく時である故に、これに供養くようをしてよろこばせて返す必要があったとともに、家々の常の火・常のかまどを用いて、その食物をこしらえたくなかった。それがかどつじ川原かわら等に、別に臨時の台所だいどころを特設した理由であり、子どもはまた触穢しょくえいみに対して成人ほどに敏感でないと考えられて、特に接待掛りの任に当ったものと思われる。 

子どもが行うことにも、それなりに意味があるのですね。「七歳までは神のうち」とも言いますし、大人よりも精霊に近い存在と考えられたのかもしれません。

ハロウィンの"Trick or treat"にも、やはり、意味があるのでしょうか。

「日本語の源流を求めて」

大野晋さんの「日本語の源流を求めて」を読みました。

日本語が、インド南部のタミル語と関係があるという説です。

専門家の間でも賛否両論とのことで、私も、正直、最初は、インドなんてずいぶん遠いなあと思いました。

でも、読んでみたらとても面白かったです。日本語の語幹に共通するニュアンスがタミル語にも共通していて、片方だけでは考えすぎみたいでも、両者を突き合わせると説得的になるというのは、ナルホドーと思いました。

そもそも、インドの言葉は、ヨーロッパの言葉と仲間なのだとばかり思っていましたが、それは北インドの言葉で、タミル語をはじめとする南インドの言葉はまた違う"ドラヴィダ語族"なのだとか。しかも、ドラヴィダ語というのは、語順や文法が日本語と似ているといいます。そうだったんですね……。

そうなってくると、素人考えですが、日本と遠いからこそ類似点があるのかもしれません。言葉や言い伝えは、古いものが周辺に押しやられて残るという考え方があるそうですから。

それに、日本語の起源というと、私は今まで、北か南かどっちなのかしらと、いつも思っていましたが、お米と一緒に西から来たということも当然考えられるわけです。今更ながら目からウロコが落ちました。

日本語の源流を求めて (岩波新書)

日本語の源流を求めて (岩波新書)

 

お米と一緒に西から人々がたくさん来たんだ……と想像してみると、縄文人弥生人のイメージも広がりました。今までは何となく縄文人が相当数いたところに弥生人がやってきて、そこそこ平和的に共存して、稲作を広めたみたいに思っていました。

でも、アメリカやオーストラリアのように、後からやってきた人々が前からいる人々を圧倒してしまうことだってあり得ます。アメリカやオーストラリアにヨーロッパから入って住んでいる人は、以前の住民と混血はしているでしょうが、文化的には連続していません。縄文人弥生人の関係も、そういったものであった可能性があると思いました。