陽だまり日記

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大好きな本や映画のことなど

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年

村上春樹氏の作品は、何だか巧妙なだまし絵のようです。魅力的な表のストーリーの後ろに、作家自身のリアルな物語が分解されて散りばめられているような気がします。その現実感が、読者を惹きつけるパワーになっていると思います。ちょっとまどろっこしいような感じもありますが、こういう書かれ方の文章を読むことで、これまで無意識に対面を避けてきた自分の現実を、改めて認識できることもあります。

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」のストーリーは、主人公の多崎つくるが、学生時代に負った心の傷から立ち直るために、過去を探る旅に出る…というものです。ミステリー仕立てになっていて、引きこまれて一気に読めました。
本作には、上の "主旋律" と別に、小説を書き続けることや、セクシャルマイノリティに対する思いが込められていると感じました。これらの問題について、作者は相当苦悩された時期があったのではないかと思います。
つまり彼は、自分の作品が人々に十分浸透しない理由に性的嗜好の問題があるのでは…という思いを持っていたのかもしれません。その嗜好を大切に持ち続けていれば、多くの人に理解されるものは書けないけれど、優れた芸術作品を作り続けることができる…、しかしながら、もし、それを身内から切り取ってしまえば、多くの人に訴える作品を書くことができるけれども長続きしない…という2つの考えの間で、揺れていると思いました。

本作の主人公は、子供の頃から一貫して駅が好きで、駅をつくる仕事についています。その思いと、訓練を重ねて身に付けた熟練の技で、多くの人の役に立つ仕事をしています。
もしかすると、こんなふうに作者は上の問題を解決したかったのかもしれません。言い換えれば、芸術家でなく職人になりきることによって、"厄介な嗜好を捨てること" と、"多くの人に支持される作品をつくり続けること" を、共存させたかったのだと思います。
そうだとすれば、主人公の『巡礼』は、作者がこのように自分を整理し、変えてゆこうとする過程を表したものだといえるかもしれません。アカが自分に対する嫌悪感を捨てられないこと、芸術家気質のシロが破滅すること、職人気質のクロが晩成すること、これらの出来事には、作者の作家としての新しい理想像が反映されているように感じました。
でも、ラストがどっちつかずで終わったところをみると、迷いは消せなかったようです。沙羅は文句のつけようのない女性だし、他人に持っていかれるくらいなら自分のものにしたいけれども、それでもなお、彼女と幸せになって『六本指の女性』を捨てる決心がつかなかったのだと思いました。