陽だまり日記

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大好きな本や映画のことなど

「日本語の源流を求めて」

大野晋さんの「日本語の源流を求めて」を読みました。

日本語が、インド南部のタミル語と関係があるという説です。

専門家の間でも賛否両論とのことで、私も、正直、最初は、インドなんてずいぶん遠いなあと思いました。

でも、読んでみたらとても面白かったです。日本語の語幹に共通するニュアンスがタミル語にも共通していて、片方だけでは考えすぎみたいでも、両者を突き合わせると説得的になるというのは、ナルホドーと思いました。

そもそも、インドの言葉は、ヨーロッパの言葉と仲間なのだとばかり思っていましたが、それは北インドの言葉で、タミル語をはじめとする南インドの言葉はまた違う"ドラヴィダ語族"なのだとか。しかも、ドラヴィダ語というのは、語順や文法が日本語と似ているといいます。そうだったんですね……。

そうなってくると、素人考えですが、日本と遠いからこそ類似点があるのかもしれません。言葉や言い伝えは、古いものが周辺に押しやられて残るという考え方があるそうですから。

それに、日本語の起源というと、私は今まで、北か南かどっちなのかしらと、いつも思っていましたが、お米と一緒に西から来たということも当然考えられるわけです。今更ながら目からウロコが落ちました。

日本語の源流を求めて (岩波新書)

日本語の源流を求めて (岩波新書)

 

お米と一緒に西から人々がたくさん来たんだ……と想像してみると、縄文人弥生人のイメージも広がりました。今までは何となく縄文人が相当数いたところに弥生人がやってきて、そこそこ平和的に共存して、稲作を広めたみたいに思っていました。

でも、アメリカやオーストラリアのように、後からやってきた人々が前からいる人々を圧倒してしまうことだってあり得ます。アメリカやオーストラリアにヨーロッパから入って住んでいる人は、以前の住民と混血はしているでしょうが、文化的には連続していません。縄文人弥生人の関係も、そういったものであった可能性があると思いました。