片目伝説(9)ここまでのまとめ
私の郷里には、"昔、神様がある植物で目を突いたのでそれを植えない"という伝説があります。
こんな伝説は日本各地にあることを、日本民俗学の祖・柳田国男氏が、著書「日本の伝説」等で指摘しています。
ドイツの日本学者ネリー・ナウマン氏は、著書「山の神」で、「古事記」「日本書紀」に、ヤマトタケルノミコトの進軍を邪魔した白鹿(山の神の化身)を、ミコトが蒜(ひる、ニンニクのこと)の枝で目を打って殺したという話があって、ここでは片目にはならないものの、これが片目伝説の記録された最も古い形と述べています。
右の挿話に従えば、山の神は目を射られて確かに「殺された」とはいえ、それにより本当に神の活動に終止符が打たれたわけではないので、この場合もともと殺害の話では少しもなく、片方の目の失明だけが伝えられたのではないかと考えたい。
(中略)
これらの山の神は、敵対して征服された住民の神となっていた。この場合は、祀られている神の目の怪我の原因となった植物が、通常はひろく忌避されているのとは正反対である。(敵対する)神の目に当たった植物はこの神に対して威力があるとされる。そして右の挿話の舞台となっている地方が、現在二月八日に目籠や柊、葫(にんにく)を使って一つ目の疫病神を追い祓う地域の一部であることは注目に値する。
(ネリー・ナウマン「山の神」より)
Wikipediaによれば、同氏は、「隻眼の形象は雨乞いや風、火などの自然現象に関係することが多い」としているそうです。
柳田氏は、片目の神=大昔の生け贄という、ちょっとびっくりするような仮説を提唱しています。
大昔いつの代にか、神様の眷属にするつもりで、神様の祭りの日に人を殺す風習があった。おそらくは最初は逃げてもすぐつかまるように、その候補者の片目をつぶし足を一本折っておいた。
(中略)
とにかくいつの間にかそれがやんで、ただ目をつぶす式だけがのこり、栗の毬(いが)や松の葉、さては矢に矧(は)いで左の目を射た麻、胡麻その他の草木に忌みが掛かり、これを神聖にして手触るべからざるものと考えた。目を一つにする手続きもおいおい無用とする時代はきたが、人以外の動物に向かっては大分後代までなお行われ、一方にはまた以前の御霊の片目であったことを永く記憶するので、その神が主神の統御を離れてしまって、山野道路を漂泊することになると、恐ろしいことこの上なしとせざるを得なかったのである。(角川ソフィア文庫 柳田国男「一目小僧その他」より)
時代が下りその意味が忘れられて零落した姿が、妖怪・一つ目小僧だというのです。
この説には批判もありますが、上に引用した角川ソフィア文庫「一目小僧その他」の解説によれば、解説者・鎌田久子氏の実家は代々「五郎つあま」と呼ばれ、長男でも五の字のつく名前を付けられ、当主あるいはその妻が片目になるという言い伝えがあり、神官ではないものの家の真後ろに氏神の諏訪様が祀られていたのだとか。柳田説と妙に符合する話で気になります。ひょっとしたら……と思わせます。
個人的にもう一つ気になるのは、柳田氏には生け贄説を思い付くような何か具体的理由があったのだろうかということ。例えば、祭りで供される魚の片目を抜くところを実際に見たとか。それこそ今となっては分かりようがありませんが。
神が片目になった理由は、他にも諸説あります。隻眼の伝説が世界中にたくさんあるのはきっと人類学的な意味があるからだろうと、さまざまな考証が行われてきましたが、いまだ真相は闇の中。
Wikipediaによれば、日本の天目一箇神とギリシャのキュクロープスは鍛冶と関連しているそう。でも世界的には少数派で、普遍的とはいえないみたい。
超素人考えですが、特定の植物で神様が傷を負うというところは、「金枝篇」で読んだ、バルドルとヤドリギの話にちょっと似てるかなと……。
それを植えないとか食べないという禁忌(植物禁忌、栽培禁忌、食物禁忌)もまた不思議。関連の本を読めば読むほど分からなくなります(笑)
外国にも同様の植物禁忌があるのか知りたいです。
下記の本は未読ですが、動物食の禁忌は日本と似た例が外国にもあるようです。日本でも鰻を食べない話は聞いたことがあります。