陽だまり日記

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大好きな本や映画のことなど

「バナナフィッシュにうってつけの日」再・再考

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

J.D.サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」は、舞台装置の明るさと対照的に、不吉な暗合と死の影に満ちています。
主人公シーモア・グラスは浜辺でバスローブを脱ぐことができません。彼の病状は好転したようにみえて、実はずっと恐怖のなかにいたのだと思います。ビーチで水着の人々に取り囲まれるのも恐ろしいことだったかもしれません。
サリンジャーの小説では、「ライ麦畑〜」のフィービーに代表されるような無垢な魂が、主人公を癒す役割を負って登場します。「バナナフィッシュにうってつけの日」においても、シビルとシャロン・リプシャッツにその役目が与えられています。ただ、本作では、主人公の不安と恐怖を反映してやや歪な姿になっています。
シーモア自身が「今日は、バナナフィッシュを探すのにうってつけの日だ」と言った、まさにそのとき、彼の中で最後のパズルのピースが嵌まり、運命が決まったのではないでしょうか。シビルが同調したのは、シーモアがそれを欲していたからです。
彼の願望を反映した無垢な魂に導かれ、(世界が束になって襲いかかってくるという?)疑念を確信に変えた主人公は躊躇なくこの世を去りました。

本作は、神経を病んだ主人公がついに回復することなく、自ら最悪の結末を選んでしまった、その最後の一日を描いたものだと思いました。