「日本の伝説」(片目伝説6)
柳田国男さんの「日本の伝説」は青空文庫で読めます。良い時代になりました。
この中に片目の神様について記述された箇所があります。
久々に読み返して、とても気になる部分を見つけました。取りあえず、忘れないように引用しておこうと思います。
飛騨 の萩原 の町の諏訪 神社では、又こういう伝説もあります。今から三百年余り以前に、金森 家の家臣佐藤六左衛門という強い武士 がやって来て、主人の命令だから是非この社のある所に城を築くといって、御神体を隣りの村へ遷 そうとした。そうすると、神輿 が重くなって少しも動かず、また一つの大きな青大将が、社の前にわだかまって、なんとしても退きません。六左衛門この体 を見て大いにいきどおり、梅の折り枝を手に持って、蛇をうってその左の目を傷つけたら、蛇は隠れ去り、神輿は事故なく動いて、御遷宮をすませました。ところがその城の工事のまだ終らぬうちに、大阪に戦が起って、六左衛門は出て行って討ち死をしたので、村の人たちも喜んで城の工事を止め、再びお社をもとの土地へ迎えました。それから後は、折り折り社の附近で、片目の蛇を見るようになり、村民はこれを諏訪様のお使いといって尊敬したのみならず、今に至るまでこの社の境内に、梅の木は一本も育たぬと信じているそうであります。(益田 郡誌。岐阜県益田郡萩原町)
この話、何だか「金枝篇」に似ている? と思うのは私だけでしょうか。
「金枝篇」と違うのは、蛇は梅の枝で傷を負っても死なず、それ以来梅が育たなくなったという部分です。
つまり、古い王が新しい王に取って代わられることはなく、そればかりか、以後は古い王が傷つくことのないよう、梅が育たなくなってしまうという……
同様に、氏神がある植物で目を傷つけたので、以降その植物を忌んだというような話は日本各地にあるそうです。
全くの素人考えですが、新しい王に駆逐されてしまった、古い王を偲ぶ伝説のように思えます。
似たような話がもう1箇所あったので、こちらも忘れないように引用。
加賀の横山の
賀茂 神社に於 ても、昔まだ以前の土地にこのお社があった時に、神様が鮒の姿になって御手洗 の川で、面白く遊んでおいでになると、にわかに風が吹いて岸の桃の実が落ちて、その鮒の眼にあたった。それから不思議が起って夢のお告げがあり、社を今の所へ移して来ることになったといういい伝えがあります。神を鮒の姿というのは変な話ですが、お供え物の魚は後に神様のお体の一部になるのですから、上げない前から尊いものと、昔の人たちは考えていたのであります。それがまた片目の魚を、おそれて普通の食べ物にしなかったもとの理由であったろうと思います。(明治神社誌料。石川県河北 郡高松村横山)
桃といえば魔除けの桃。神様がそれでケガをするなんて不思議です。
つまり、この伝説の視点は、桃が当たった古い神様側ではなく、桃を当てた側、社を移した新しい神様側にあるということかも…と思いました。