陽だまり日記

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

陽だまり日記

大好きな本や映画のことなど

言語の距離

大好きなラジオ「昔話へのご招待」の今週のゲストは斎藤惇夫さんだそうです。

斎藤惇夫さんの「ガンバとカワウソの冒険」は子供時代に繰り返し読んだ思い出深い一冊です!

ガンバとカワウソの冒険 (岩波少年文庫)

ガンバとカワウソの冒険 (岩波少年文庫)

 

野犬の出てくるシーンが怖くて。当時小学生で、野犬(やけん) という単語を知らず、読み方もわからなかったので、余計怖かったのを覚えています。

 

ところで「昔話へのご招待」では、最近、モンゴル・ハンガリーフィンランドが特集されています。この3国は距離的に離れていますが、もとはウラル山脈のふもとにいた人々が移動したので、言語学的に近い関係にあるそうです。

というお話をきくと、司馬遼太郎さんがモンゴル語と日本語は「語順が同じ」と書かれていたのを思い出してなんだか親近感を覚えます。

でも考えてみると、日本語はモンゴル語朝鮮語と語順が同じと言われているのに、同じ語族とはみなされていません。言語の距離は、語順をあまり重視しないのでしょうか?

なんとなく気になってインターネットを検索してみたら、言語の距離は、学習のしやすさ・習得のはやさで測る方法があるようでした。たとえば、日本語を母語とする人と、英語を母語とする人がいて、フランス語を学習する場合どちらが早いかということ。

つまり、言語の距離は一つのパラメーターで決まるのではなく、語順、語彙、発音、聞きやすさなどが複雑に絡み合っているもの、なのかもしれません。

そうなってくると、たとえばヨーロッパの言葉でも母音の多い言葉のほうが日本語に近い、ということになるのかも?と想像すると、何だか面白いです。地中海の線文字Bは日本語と同じ音節文字だったといいますし…。

「君はだぁれ?」

「君はだぁれ?」を読みました。イタリアの作家さんの小説です。図書館で偶然見つけて、表紙の絵が可愛らしかったので、思わず手に取りました。

君はだぁれ?

君はだぁれ?

 

(主人公が何の動物か、物語の途中まで伏せられているので、表紙に描かれているのは少し残念に思いました。)

主人公が自分の属する社会に裏切られて心のバランスを崩すシーンと、その後、社会から逃げ出して姿の見えないモグラたちと対話しながら「自分は誰でもない」と気付いたときに、自分に翼があったことを思い出すというエピソードが印象的でした。

集団に属することによる気持ちの安定と…、集団に圧倒されて精神を病んでしまうこと、そこから自分の道を見つけ出すことは、とても古くて、新しいテーマだなぁと感じます。飛躍してしまうかもしれませんが、多神教一神教というのは、こんな人間の葛藤を反映しているような気がしてなりません。

ルーム(2015、カナダ・アイルランド)

映画「ルーム」を観ました。

ルーム [DVD]

ルーム [DVD]

 

父親が実の娘を地下室に監禁していたという、とんでもない実話にもとづいているというので、映画もシビアなストーリーを予想していたのですが…、

献身的に母親を助ける主演の男の子が、妖精みたいに可愛らしくて、サスペンスというより、癒しの映画だなぁと思いました。

「神、人を喰う - 人身御供の民俗学」

博士論文の書籍化なので、はじめは難しいかな?と思ったけれど、 人身御供や人柱の、研究の歴史が素人にも分かりやすく説明されていて、無理なく最後まで読めました♪

神、人を喰う―人身御供の民俗学

神、人を喰う―人身御供の民俗学

 

人身御供の伝説や昔話は、今でも、沢山語り継がれていますし、人身御供を模したお祭りも数多くあります。

それは、突き詰めると、人々の中にある、根源的な暴力への欲求を表したものだと、作者は結論付けたようです。

 

ここからは、私の考えです。

人身御供は、本人にとっては他者の利益のために自分の命を差し出すことであり、それ以外にとっては、自分(達)の利益のために他人の命を奪うことです。

その利益とは、五穀豊穣、災害の防止や鎮圧など。

…つまり、自殺 or 殺人により、自然をコントロールできるという考え方です。どうして繋がるの?と、不思議に思いますが、それこそ、"神の嫁" であったり、"穀物神の死と再生" であったり、さまざまな信仰が介在しているのだと思います。

でも…、そんなややこしい間接的な信仰が、最初からあったのでしょうか…。

日々食べられるかどうかという生活では、人身御供の直接の利益は、まず、飢餓を癒すため、食べるためだと思うのです…。あるいは、船上で嵐に見舞われた際には、乗組員を減らして船体を軽くするための人身御供が、あったと思います…。当初は、こうした人々の直接の利益のために行われていた殺人が、後に、信仰と結びついたとは考えられないでしょうか。

言い換えると、人々は、集団が命の危機に瀕した時、少数を犠牲にして、集団を存続させることを、昔から行ってきていて…、それが、農耕(自然のコントロール)の進歩とともに、信仰と結びついて儀式化したのでは、ないでしょうか…。

そんな儀式を、人々が好んで行っていたとは、とても考えられません。上記の本では、人間には暴力への根源的な欲求があることが、指摘されていましたけれど…、逆に、非暴力への欲求も、あるはずです。

なぜなら、人間は、集団を作って暮らす社会的な生き物だからです。そのコミュニティのなかで(あるいは近辺で)殺人をすれば、集団を壊してしまう恐れがあります。その危険を冒しても人身御供をしていたとすれば、それは、自然を手なづけて食糧を得て穏やかに暮らすことが、本来、非常に難しいということを、示しているのだと思いました…。

人身御供は本質的には、殺人だと思いますが、時に犠牲者が自分から命を差し出すように仕向ける工夫をしたり、旅行者などの第三者から選んだり、社会的弱者から選んだりするのは、仲間殺しの衝撃を少しでも和らげるためのように、思います。

ですから、人身御供の伝説・昔話・祭りが今に伝わっている理由も、私は、普通には受け入れ難い習俗を人々が受容するためでは…?と、何となくそんな気がしました。

水神への生贄?

*このブログの関連記事

柳田国男氏の「一目小僧」を、再読してみました…1つ、気になったところがあるので下に引用します。

…ただ祭の時、神と人との仲に立って意思の疎通を計った特殊の神主が、農業にとっては一番利害関係の大なる水の神の祭に、比較的ひろくかつ久しく用いられていたらしいことと、飲食音楽以外の方法で神の御心をやわらげ申すという、今日の人にはややにがにがしく感ぜられる思想が、特にこの方面に永く残っていたらしい…(柳田国男「一目小僧」)

 

柳田氏は、片目伝説を、田の神へ生贄を捧げていた名残と考えていたようです。

ちょっとびっくりするような話ですが、人柱や持衰も考えてみれば水の神に捧げていたわけだし…もしかしたら、そんなこともあったのかも…という気もしました。

前にも書いたとおり、Wikipedia等によれば、日本の片目伝説の起源は、2つの説がよく知られていますが…

  • 日本の片目伝説の起源
  1. 田の神へ捧げる生贄の名残(柳田国男氏)
  2. 鍛冶・製鉄との関連(谷川健一氏)

 

1か2か、ではなく、もしかすると、1と2が混ざった可能性もあるなぁと思いました。

そうだとすれば…

一つ目の神様や鬼に関する日本最古の記録は、8世紀の「日本書紀」「出雲風土記」。

日本書紀には、鍛冶神「天目一箇神」の記載がある一方、「出雲風土記」には一つ目の人食い鬼「阿用郷の鬼」について書かれているそうです。

阿用郷の鬼を、1に関連するものと仮定すると、8世紀当時、1は既に零落して妖怪化していて…、一方、2は現役、かつ、国が公式に存在を認めていた…と、すれば、1は2よりも古い時代の出来事であったと考えられるでしょうか。

さらに、日本書紀のスポンサーは天孫一族で、彼らの最大のライバルが出雲族であったことを考慮すると、2は天孫族の信仰、1は出雲族の信仰であったと、考えることができるでしょうか…?

 

蛇足を重ねますが…、

古事記に、イクタマヨリヒメ(スエツミミの娘)が大物主(三輪山の蛇神)と結婚してオオタタネコという神様の祖先を産むお話があります。

三輪山の大物主は、天孫族以前に付近を治めていた王様で、出雲族出身だったと記憶しています。

司馬遼太郎氏によれば、現地では「オオミワはんは、ジンムさんより先や」と、語り継がれているのだとか。)

ここにも、出雲出身の蛇神(水神)がでてきます。

 

水神に生贄を捧げて田の豊穣を願う信仰が、大昔の出雲族にあって、それが、天孫族の日本統一後、妖怪化したり、伝説や昔話に変わったのかな…なんて、想像を逞しくし(すぎ)てしまいました…。

 

片目の伝説 再考

*このブログの関連記事

先日、地元の図書館で、ふと民話の本を手にとって開くと、片目の魚のお話が載っていました。

  • 片目の魚の伝説とは…
  • ある池・沼などに住む魚がおかしなことに皆片目だといい、それにまつわるさまざまな因縁が語られます。たとえば、片目を矢で射ぬかれた武将がその池で目を洗って以降、魚が片目になった…など。

 

片目の伝説って、なぜこんなに、あちこちに、沢山あるのでしょう?

私の郷里には、片目の神様の伝説があるので、ちょっと気になってしまいます。

  • 片目の神さまの伝説とは…
  • 神さまがある地方へ出かけた折、ある特定の(ウド、胡麻、竹など)植物で目を傷めたので、その後、その地方にはその植物が生えなくなったというお話です。

 

Wikipedia等によれば、日本の片目伝説の起源は、2つの説がよく知られています。

  • 日本の片目伝説の起源
  1. 生贄の名残(柳田国男氏)
  2. 鍛冶・製鉄との関連(谷川健一氏)

時代的には、2であれば弥生時代くらい、1であればもっと大昔になるでしょうか。

そんな大昔の信仰が、2000年(以上?)経った今も沢山残っていると思うと、とても不思議です。

 

柳田国男「日本の伝説」(青空文庫)

青銅の神の足跡 (小学館ライブラリー)

青銅の神の足跡 (小学館ライブラリー)

 

ところで、片目伝説は、古い書物にも書き残されているのでしょうか?

 

一つ目の神様や鬼に関する伝説は、日本書紀風土記にあり、これらは、ギリシア神話など海外の神話などとも類似点があるそうです。驚いたことにギリシア神話にも一つ目の鍛冶の神様がいらっしゃるのだとか。

今残っている片目伝説は、これらと関係があるのでしょうか?

ヒラメちゃんの塩センベの正体?

*このブログ内の関連記事

漫画「じゃりン子チエ」に出てくる謎のお菓子、塩せんべい。

東北の「南部せんべい」同様、丸くて、フチにギザギザが付いています。

結局、実物にはまだ遭遇していないのですが…、

私は、これは今でも売られている「ポンせんべい」の古いバージョンなのかも?と、密かに考えています。

 

ポンせんべいは、「満月ポン」の松岡製菓さんによれば、昭和33年(1958年)に商品化されたそうです

 

ポンせんべいは、小麦粉を、おせんべいの型に密閉して、圧力をかけて空気を含ませて焼き、醤油味をつけたものです。密閉するので、南部せんべいのようなギザギザ部分はなく、まんまるな形をしています。

でも、ポンせんべいが考案される前は、圧力をかけない、南部せんべい方式で焼いていたのでは?

つまり、醤油味の南部せんべいが、ヒラメちゃんの塩センベの正体なのでは?

と、思うのです。

 

ちなみに、なぜ塩味でないかというと…、

関西は昔は瓦せんべいのような甘いおせんべいが主流で、それに対して、関東発の醤油味のおせんべいを、塩せんべいと呼んで区別していたらしいので。

 

ところで、漫画「じゃりン子チエ」の連載開始は、Wikipediaによれば昭和53年(1978年)です。

ポンせんべい登場から20年経っていますが、この頃にはまだ、ヒラメちゃんの塩センベが残っていたのでしょうか。

かさじぞう

小澤俊夫さんの「昔話へのご招待」の、年末最後の回で、「かさじぞう」を久し振りに聴きました。

聞き手の中村律子さんも仰っていましたが、良いお話だなぁ…と、しみじみしてしまいました。

お正月くらいお米を食べたいと思って、家に残っていた資材で、菅笠を作って売りに行って…、でも、悲しいことに全く売れなかったので、雪で寒そうにしていたお地蔵さんに被せてあげて、1つ足りなかったのでお爺さんがかぶっていた笠もかぶせてあげたら、お地蔵さんが…、というお話。

自分を大切にする気持ち、人を大切にする気持ち、生きていくのに何が大事かということ、その気づきは簡単なようで難しいということ。ほんの短いお話の中に全部入っているのが凄いなぁと、思いました。

「ブロークバック・マウンテン」(2005、アメリカ)

数年前に、CATVで放送されていたのを観ました。

当時は、多分、男性同士の恋愛が思ったより濃密に描かれていたことに対する抵抗感も手伝って、男の人っていつまでも子供ね。アルマ(イニスの奥さん)が気の毒…。と、身も蓋もないような感想を持ちました。

TVドラマ「ドーソンズ・クリーク」にも出ていたアルマ役の女優さん(ミシェル・ウィリアムズ)が好きだったこともありますが…、情緒不足だったのかもしれません…笑。

最近になって、何故か、もう一度見直してみたい気がします。少し年をとって、人恋しくなったのでしょうか。

 

山裾の闇

青空文庫で、黒島伝治「老夫婦」を読みました。

小豆島で農家を営む老夫婦が、息子夫婦と同居するために、故郷を引き払って東京に移住する短編小説です。

農家の厳しい生活と、夫婦のシビアな現実感覚がとても印象的でした。

私の家も元々は田舎のお百姓さんだったからか、読んでいると、実家に戻ったような気持ちになりました。

 

実際に昔ながらの農家で生活した経験はありませんが、子供時代に親戚の集まりで何泊か泊まったことはあります。

当時の情景で忘れられないのが、夜の闇の中で見た真っ黒な山です。

山から、黒い静寂が押し寄せてきて、何か居るというより、何かが満遍なく溶け込んでいて、自分もその中に吸い込まれそうな気がしました。こういうところに住んでいたら、物事が全然違って見えるのかな…と、子供心に感じました。