陽だまり日記

陽だまり日記

大好きな本や映画のことなど

緑茶とティーツリーオイル(3)

私の左足にできた水虫らしき症状に、緑茶とティーツリーオイルを試し始めて、そろそろ4週間になろうとしています。最初よりはだいぶ良くなったのですが、最近は膠着状態みたいになっています。

考えられる原因は、1つは、足裏の患部が角化?している様子で、固くなっている所があって、有効成分が浸透しづらそうな状態になっていること。

もう1つは、お茶を当ててしばらくすると痒みが出るようになってしまって、以前ほど長時間の湿布ができなくなってしまったこと。おかげで2日ほど緑茶湿布をパスしてしまいました…。でも、お茶は結構効いている感じがするのでやめたくありません…。

 

まずは角質ケアの方法を考えたほうが良さそうなのですが、取りあえず、お風呂の足湯にクエン酸をプラスし、固くなっている部分を軽石で少しずつ削ってみています。

そして、緑茶の代わりに、カテキン含有量が多いという番茶を使ってみることにしました。まだ2回ほどしか試していませんが、痒みが出るのが今までより遅く(これはお茶の葉を直接湿布するのではなく、利便性からお茶パックで湿布するようにしたからかもしれません)、効果?は、何だか前より強いような感じです。足指の間は皮がはがれやすくなったし、足裏には何か枯れた水疱の跡みたいなものが出現…。

 

ティーツリーオイルはお茶ほどのパワーを感じないのですが、初めは少々抵抗感のあった香りにも慣れて、楽しい日課になってきました。精油を直接塗布しています(ティーツリーとラベンダーは直接OKと聞いて)。今のところ肌荒れはありません。

 

さて、どうなるのでしょう。

癒し

眺めているだけで楽しくて、久しぶりに本を衝動買いしてしまいました。

作ってみたら、とても癒されました…! 10号レース針で40番レース糸etc...にビーズを編み込んでいきます。

こういう小さな物たちの、色の組み合わせを考えていると時間を忘れてしまいます。アルファ波的な何かが出ている気がするのが不思議です。

かぎ針ひとつでやさしく編める ビーズで楽しむ オヤのアクセサリー (暮らし充実すてき術)

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緑茶とティーツリーオイル(2)

私の左足にできた水虫らしき水疱に、緑茶&ティーツリーオイルを試し始めて約2週間がたちました。

うれしいことに、良くなりました………!

足裏の状態は、ここ2カ月ほど、悪くなることはあっても、良くなることは一向になかったのですが、久々に以前の姿を取り戻しつつあります。

足指は落ち着いていたのが、緑茶を使い始めてから、少し痒みが出たり小さなかさぶたができたりして、相変わらずその状態がまだ続いています。

完治にはほど遠いようなので、緑茶&ティーツリーをもうしばらく続けてみようと思います。もちろん、効いていると断言はできません。季節が変わって体調が良くなって、偶然好転しただけかもしれません。

 

でも、効いたと仮定すると、何が良かったのかな…と考えてしまいます。実は、今のところ、どちらかというと緑茶が良く効いているような気がしています……緑茶は湿布状態にして寝ているので、朝起きると足は少しふやけています。角質がやわらかくなって、抗菌成分が浸透しやすくなっているのでしょうか? とすると、ティーツリーオイルはただ塗布しているだけですが、何かもう少し効率的に浸透させる方法を考えたほうが良さそうです。

 

前回も触れたとおり、お茶っ葉療法の参考書は「もものかんづめ」です。私は市販の治療薬はまだ使っていないのですが、さくらももこさんは、市販の薬は効かず、お茶だけが効いたと本書でいっておられます。1980年代の初め頃だと思いますが…。抗真菌薬が効かないのも何か不思議だし…お茶が効くとすると、商品化されていないのも、考えてみたら謎です…。ちなみにティーツリーのほうは海外で商品化されているようです。

もものかんづめ (集英社文庫)

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母音のこと

以前、ラジオ「昔話へのご招待」で、小澤俊夫先生が、日本語の母音は元来5つではなくてもっとたくさんあったというようなお話をされていました。

そう言われてみれば、東北出身の声優さんがそういうお話をしていたのを聞いたことがあります。普段の標準語と、地元の方言を話す時とでは「あいうえお」を変えると話していました。

私自身はどちらかというと日本の西側の出身ではありますが、東側にもかなり住みました。いわゆる方言をきちんと習得する機会は残念ながらありませんでした。自分ではあまり特徴のない言葉を話していると思っています。

でも、実は、最近の東京のほうの言葉は母音に少し違和感があって、何となく不明瞭に聞こえるときがあります。「私の言葉」は東京付近の言葉だと思っていたけれど、やっぱり違うところもあるのかもしれません。

以前、映画「マイ・フェア・レディ」を観て、オードリーよりもむしろ、話し言葉を聞いて出身地をピタリと当てる教授に憧れた気持ちを思い出します…。

マイ・フェア・レディ [Blu-ray]

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「きみはいい子」「世界の果てのこどもたち」

 中脇初枝さんの「きみはいい子」と「世界の果てのこどもたち」を読みました。

([な]9-1) きみはいい子 (ポプラ文庫)

([な]9-1) きみはいい子 (ポプラ文庫)

 
世界の果てのこどもたち

世界の果てのこどもたち

 

中脇初枝さんが「魚のように」でデビューされたときのことは、鮮烈でよく覚えています。確かTVドラマにもなって、それを見た記憶があります。

なので、「きみはいい子」は随分前から気になっていましたが、何となく読む機会を逃していました。最近、中脇さんご自身がラジオ「昔話へのご招待」で小澤先生と対談されて、作品の話題が出てきたので、そういえば…と手に取りました。

小澤先生が何度も言われたように、どちらも本当に素晴らしくて、引き込まれて一気に読んでしまいました。

具体的にどこが素晴らしいかうまく言葉が見つかりませんが、昔話と同じように、使っている言葉は平易で、読みやすく、映画を見ているように自然に物語の中に入れる感じがします。小説の内容は、社会の暗い面を描いていてシビアではありますが、語り口が淡々としていて、さりげなく「神様は扉を閉めるとき窓を開ける」みたいなことが描かれているので、目をそむけたくなるようなことにも時には向き合っていかなければという、勇気をもらえます。

「きみはいい子」は現代もので、新興住宅地で起きる学級崩壊、いじめ、子どもへの暴力、介護等の諸問題をオムニバス形式で描いた作品。「世界の果てのこどもたち」は太平洋戦争中の、中国残留日本人孤児、在日朝鮮人戦災孤児等を描いた作品です。

同じ作者の、他の作品も読んでみたくなりました。

緑茶とティーツリーオイル(1)

「もものかんづめ」はとても懐かしい作品です…!

今、本書で紹介されている「お茶っ葉治療」を私なりに実践しています。

もものかんづめ (集英社文庫)

もものかんづめ (集英社文庫)

 

というのも、昨年の暮れから足指と足裏に水疱ができる謎の症状に悩まされ、春になって病院に行ったところ、「汗疱です」と塗り薬をもらったのですが(ステロイド系)、それを塗ってもあまりよくならなかったので…(´・ω・`)

やっぱり水虫かもしれないと思い、まずは民間療法から試してみようと思ったのです。

うろ覚えですが、「もものかんづめ」では、お風呂で患部を血がにじむまで軽石でこすり、お茶っ葉をストッキングで固定して就寝。布団にお茶の色がうつった。と書いてあったと思います。

私は、重曹で足湯をして、患部はお風呂で優しく洗い、お茶っ葉を固定して就寝。布団が汚れるのは困るので、ストッキングの上からサランラップと靴下で密封しています。(高温多湿になってしまい、かえってよくないという意見もあるようですが。)

ちなみに朝起きた後は、足を洗って乾かした後にティーツリーオイルも塗っています。

 

約1週間続けたところ、断言はできませんが、少しずつ良くなっているような…少なくとも悪化はしていないようです。

薬を塗っていたときは、部分的には炎症がおさまっている感じもありましたが、それよりも、薬を塗ったところに新しい水疱が次々できて、特に寝るときに痒くて仕方がなかったのです。

お茶を使い始めて、上の症状はすぐに軽くなり、気にならなくなりました。ただ、だいぶ前に一度水疱ができて、その後は静かになっていた部分が、再度皮がむけて荒れたり、水疱の跡のようなごく小さなかさぶたができたりしています。悪化というほどではなく、むしろよくなっているようにも見えるので、お茶&ティーツリーはしばらく続けてみようと思っています。

 

ところで、緑茶とティーツリーオイルは、医療従事者の方々も試して効果を報告しています。

・緑茶について

例えばこちらでは、緑茶の足湯(1日1回15分)は、ただの足湯(左に同じ)と比べて、足白癬の皮膚症状をより抑えることができた。でも、患部のサイズ、再発率、菌の状態に対する効果は両者で同等だったとあります。

別のでは、菌を消滅させることができたという、心強い報告もあります。

・ティーツリーについて

Wikipediaに書かれているとおり、症状緩和には役立つけれども、菌を消滅させて治癒させることができるかどうかは、報告によって「そこそこ」「いまいち」と結果が分かれているみたいです。

嬉しいことに、治りにくい爪白癬に効いたという報告もあります。これは日本の学会から。

 

というわけで、お茶っ葉療法は、民間療法ではありますが、さくらももこさん姉妹のように、本当に効く人も結構いるんじゃないかな…と思っています。ティーツリーオイルも。私にも効いてくれると良いのですが…(-人-)

海街diary

大好きな作品です。

中でも、ヒマラヤの鶴のエピソード(4巻)が良かったです。

海街diary 8 恋と巡礼 (フラワーコミックス)

海街diary 8 恋と巡礼 (フラワーコミックス)

 

この作品は子どもに救いがあるところがいいなと思います。

救いのないような作品を描いてきた作者だからこそなのかなとも。

ネガとポジは表裏一体と思えて、自分自身の希望にもなります。

Banana Fish

このブログの最初の記事は、サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」のことなんですが、吉田秋生さんの「BANANA FISH」も、思い出深い作品です。学生の頃、これを読んでいない女子はいないっていうくらい流行っていました。jadeという英語もこの作品で覚えましたし、エビとアボカドのサラダを見るたび思い出します(笑)。本当に懐かしいです。

何と来年アニメ化するそうですね! 驚きました。

BANANA FISH バナナフィッシュ 全巻セット (小学館文庫)

BANANA FISH バナナフィッシュ 全巻セット (小学館文庫)

 

私はたまたまサリンジャーの原作を先に読んでいて、当時、意味は全然分からないながらも何となく心惹かれる作品だなぁと思っていたので、漫画のほうもすごく興味を持って読みました。

それで好きになって、同じ作者の「吉祥天如」とか、過去作をかなり読みましたし、最近の「海街Diary」も大好きです。

今考えてみると、原作のバナナフィッシュは、子どもの頃は全然考えもしなかったけれど、漫画作品全体を象徴する存在だったのかなと思います。死だけではなくて、性のことも。

 

すごく飛躍してしまうのですけれど、サリンジャ―の作品に登場するシーモアが患ったような病気は、個人が、社会と関わることによって発症するものだと思うのです。

個人が自分の中に持っていた社会の形が急に変わるときに、情報や整合性を処理しきれなくなってしまうのでは……と思います。

サリンジャーの場合、とうとう生きている間に直接語ることはなかったようですが、従軍したときの体験が大きく影響したという意見があるようです。

 

私は、もしかしたらバナナフィッシュはサリンジャーが戦場で見た風景そのままなのかも……と思っています。もしかしたら見ただけではなかったかもしれないし、バナナフィッシュにうってつけの日というのはその亡霊がシーモアに追い付いてしまった日なのかなと。シーモアが言う「君は僕の足を見ているんだね」というのは、そのことをはっきり示しているような気がします。自分が見ていたはずなのに、見られていると認識が逆転してしまって、そこから逃げる方法は1つしかなくなってしまったのかもしれません。

 

漫画のBANANA FISHは、そうして考えてみると、戦争、死、性と原作のバナナフィッシュが持っていた(かもしれない)全部のパズルのピースをそろえていて、新しい物語になっているところが、改めてすごい作品だなぁと思います。アッシュと英二の声は誰があてるのか…今から楽しみです♪

「君の名は。」

 映画「君の名は。」をやっと観ました。

若者に大ヒットと聞いて、ついていけるかな…と少し不安でしたが、大丈夫でした。

あの日、あの時、あの場所にいたばっかりに…というストーリーに、子どもの頃から慣れ親しんでいることも大きかったと思います。

 

君の名は。」は、そのXデイが現代(近未来、近過去)で、悲劇を回避するファンタジーになっています。今までにありそうであまりなかったようなお話ですが、今だからこそリアリティーが生まれて大ヒットしたのかなと思いました。

一昔前はXデイはたぶん遠い過去のものだったけれど、今は近過去であり、近未来であり、いつその日が来てもおかしくないような気がします。でも、というか、だからこそ、なのか、普段はそのことをあまり意識しません。「君の名は。」の少年、少女の記憶がすぐに消えてしまうのも不思議と納得できます。

 

ところで、20年ぐらい前に、一時的にXデイの到来が話題になったことがあります。

1999年のノストラダムスの予言が近づいた90年代後半です。

クロノ・トリガー」とか、やまざき貴子さんの「ZERO」とか、懐かしい作品を幾つか思い出しました。

アルティメット ヒッツ クロノ・トリガー

アルティメット ヒッツ クロノ・トリガー

 

 

迷宮

小中学生時代をチェコで過ごした米原万里さんは、著書「パンツの面目 ふんどしの沽券」の中で、日本女性の羞恥心は複雑に入り組んでいて、まるで "迷宮" のようだと表現しています。

パンツの面目ふんどしの沽券 (ちくま文庫)

パンツの面目ふんどしの沽券 (ちくま文庫)

 

たとえば、公衆浴場での振る舞い。脱衣所で服を脱ぐことは全く恥ずかしがらないのに、全部脱いでからタオルで前を隠す不思議。確かに…。私も今は何とも思いませんが、子供の頃は、完全に隠せないタオルで隠す(フリをする)のは、何だかかえって気まずいような変な感じがしたものです。

また別の例で、学校のトイレでの不文律。誰が用足しに行ったか周囲に悟られないために友達同士トイレに付き添う習慣と、付き添いの友達に用足しの音を聞かれたくなくて個室内で水を流し続ける矛盾。これも、確かに…。ただ、私の経験ではこの習慣は個人差がありましたし、子供の頃は、誰でもすることを恥ずかしがるのは、自意識過剰を宣伝しているみたいで逆に恥ずかしいという気持ちもありました。「音姫」も最初は使うこと自体が恥ずかしいように感じましたが、今では普通に使います。

こうして書いてみると、本当に迷宮のようです…。

でも、もしかすると、問題は羞恥心ではないのかも…?と、ふと思いました。

同じ本によれば、日本では戦後間もない頃までは、着物の裾を端折ったり時には素っ裸で畑仕事をするのが普通だったけれども、進駐軍に配慮して自主規制するようになったのだそうです。

それと同じで、公衆浴場やトイレでの振る舞いも、自分の羞恥心というより、その場を構成する他人への配慮が原動力になっているのではないでしょうか。脱衣所ではモタモタすれば迷惑なのでサッサと脱ぎ、脱いだら見苦しくないよう前を隠す…。教室では用足しに立つのが人目につかないよう気を遣い、トイレでは友達に聞き苦しい音が聞こえないように配慮する…。場面が変われば当然対応も変わるので、当人の羞恥心を基準にすると一貫性がなくなってしまうのでしょう。

 

少々飛躍するかもしれませんが、こんなふうに周囲への配慮を重視するあまり矛盾を生じてしまうという問題は、最近のノンアルコール飲料の問題にもつながっているような気がしました。そもそもノンアル飲料は酒宴の場で飲める人・飲めない人の差がお互いを気まずくさせないために発明されたものかと思いますが、職場では逆に無用な誤解を生む恐れがあるので0.00%であっても飲まないという判断が一般的になりつつあるようです。この新常識(?)も、今は議論を呼んでいるし、私自身も、判断は人それぞれで良いのでは…と戸惑う気持ちがあります。でも、職場や運転中など、飲酒が禁忌の場面で紛らわしい行動をとれば見た人をギョッとさせてしまうかもしれないし、もっと言えば故意に驚かせていると受け取られる可能性があります。周囲への配慮を何よりも優先する文化では、確かに受け入れがたく非常識なことなのかもしれません。0.00%なのになぜダメなの…と今は不思議に思うことがあっても、時間がたてば音姫と同じように文化の一部になるのかもしれません。

 

ところで本の話に戻ると、公衆浴場での日本女性のふるまいを米原さんは「一種のコケットリーではないか」と書いておられたのが、印象的でした。結果的にそうなっているだけなのですが、別の文化を持つ人にそう見えてしまうのは驚きです。

それから笑うときに口元を隠すのは日本人くらいだというのも意外でした。(昔のお歯黒と関係があるのでしょうか?)この日本の習慣は、帰国子女の米原姉妹には異様で気味悪く映ったそうです。何が人を驚かせるかって、本当に分からないものですね…。